◆平成最後のジャニヲタ反省記〜中学生なのに遠征中毒〜

4 min
スポンサー広告
さっちゃん

さっちゃん

30代のプロ野球(鴎党)オタクが楽しく資産形成しつつ美容も頑張るブログ。果たして両立できるのか…?積立NISA・日本株・投資信託・分散投資でコツコツやってます。多分ジャニオタかつ元音楽業界の人。

FOLLOW

SAKURA

SAKURA

前回の記事をたくさんの方に読んでいただけてとても驚いていてます!今回もクレイジーなオタク人生の一部をお届けいたします。

前回の記事はこちら

なぜジャニヲタになったのかという序章です。ついに今回からクレイジー全開で突き進んでいきますよ!

親子席で狂い出す

ジャニーズのコンサートには親子席という着席したまま鑑賞する割と良席を保証された席があります。(これは今もあるんですかね?着席席になっているのかな?)小学生だった私はもちろん親子席に座れましたし、兄弟も一緒に連れて行っていたので兄弟が小学生を卒業する年、私が中学生くらいまで親子席で参戦してました。これが沼のきっかけだったのです。

イッピ袋を知っているか?

2003年の夏のコンサートのみ、家庭の事情で参戦できませんでした。それ以後、解散コンサートのひとつ前のコンサートまではV6のコンサートは必ず参戦していました。2002年のコンサートは超絶センスのないイッピ袋を持って行ってしまった記念すべき黒歴史の開幕コンサートでもあります。

それではご覧ください!

f:id:redxx7:20181222235440j:image

いかがでしょうか??????????

ダサい…。剛くんごめんなさい…。

なんとも言えない感じですね。ジャニヲタを知らない皆さん。これが一応イッピ袋です。紙袋に担当の雑誌の切り抜きを沢山貼ります。痛いだけです。当時は東急ハンズかロフトの紙袋に雑誌を切り抜いたものを貼る感じでした。

しかし、仙台には当時、ロフトも東急ハンズもなかったのです。(今はあるよ。)当時10歳の私は地元の老舗デパート「藤崎」の紙袋しか思いつかなかったんですね。

とにかく形だけは自分より年上のお姉さんV6担に近付きたかったようです。

 森田剛様のサインが近くに吹っ飛んでくる事件。

忘れはしません。当時の自担(自分の担当)のサインが飛んできたのです。しかし、運動神経の悪い私は指一本も触ることができず、後ろの剛担の付き添いのお母さまがサインを手にしました。初のサイン争奪戦に惨敗。私、大号泣。ここでジャニオタ恒例の「今のサインは絶対、SAKURAに投げたんだよ!」「剛くんはSAKURAをみてたよ!」(真意は不明)と友達や母に言ってもらい、私は納得。盲目度が1上がりました。

シンメの良さを知る

ジャニーズを語る上で絶対に外せないのがコンビというか名付けてシンメ。ジャニー喜多川が遺した最高の制度。どのグループもほぼあります。もれなく私も、剛くんと健くんの剛健コンビに沼のようにズブズブとはまっていきました。何が強いかって1996年にMYOJOの「恋人にしたいジャニーズJr.」ダブル受賞だったんですよ。剛健の2人は!!!(確かそうだったはず。)

上記の賞は滝沢くんや中島健人くんや山田涼介くんも後に受賞しているJr.の中でも登竜門的な立ち位置です。ちなみに2002年のLIVEではケツメイシさんの「よる☆かぜ」を剛健コンビで披露しています。めちゃくちゃ可愛いのでLIV6っていうDVDに収録されています。みてください。笑

小学生なのに多ステ厨になる

このころ、V6は20th CenturyとComing Centuryに分かれてコンサートもしていました。小学生のくせに家族と沢山コンサートに行くようになってからは現場数を増やすこと(多ステ)に重点を置くようになりました。担当には1回でも多く会いたいんです。(当時はそう思っていた。)母から「一緒に入ってくれる人(コンサートに一緒に行く人)を探してきたら公演数増やしていいよ!」と言われていました。(我が家の謎教育)

時には健くんが好きな幼稚園の時の担任の先生と一緒に行ったこともありました。未だにどうやってアポ取ったかは不明です。このころから好きなものに対しておぞましい行動力を発揮するようになりました。

中学生で遠征の虜になる

f:id:redxx7:20181223001601j:image

これは完全に家族のおかげでもあるんですけど、中学生のときにV6がデビュー10周年を迎えてました。(だいたい私の年齢は察していただけるとありがたいです。)この年に家族で名古屋に2回、東京に3回遠征しています。今思えば非常に恵まれていますよね。もう、有頂天でした。学校でも遠征できることを自慢しまくっていたので非常にウザい奴だったと思います。

「遠征してるアタシすごい💓」なんて思ってました。完全に生意気ですよね。笑 今の自分でもそんな中学生がいたら腹が立ちますよ。

ただ、旅行+ライブめちゃくちゃ楽しかったです。非日常×非日常は麻薬のようでした。この後の遠征ラッシュが大学生のころの私を作りました。V6以外のジャニーズのグループのコンサートにも参戦するようになります。ここからやりたい放題のDD(オタク用語で”誰でも大好き”)時代の幕開けです。

ただ、DDになるなは理由があったんです。次回、その理由を話していきたいと思います。

関連記事