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◆平成最後のジャニヲタ反省記〜家族を繋いだV6〜

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こんばんは!今日の反省記は小学校高学年〜中学生までの少し寂しい話です。お付き合いいただけると嬉しいです。

 

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私がDDになった理由

ちょうどコンサートに行くようになってからすぐに父が末期癌で入院しました。まだ40代の若さでした。小学生の私と弟の生活は一変しました。母は毎日、看病に通い祖父母に面倒を見てもらっていました。土日に父のお見舞いに行くときにV6の曲を聴きながら車に乗ることがすごく楽しみでした。

 

Comig Century TOUR 2003 Coming with me!!

少し時系列が前後しますが、10月23日の仙台公演に私は友人の家族に連れられて参戦しています。内容は正直、全く覚えていないんです。実はこのコンサートのあと3週間経たないうちに父は天国に旅立ちました。

 

私は小学校高学年でした。賛否両論あると思います。私も今大人になり、周りの大人たちは私をコンサートに連れていってくれたなあと思うわけです。

でも、このころ本当に辛いことばっかりだったのでV6を応援することしか楽しみがなかったのを母や周りは理解してくれていたのかもしれません。寂しかったし、お見舞いの度に父が弱っていくのは小学生でも分かりました。

 

音楽の力を信じたい

でもコンサートって非日常でその時間だけは辛いこと全て忘れさせてくれました。内容はイマイチ覚えてなくても楽しかったのは覚えています。連れて行ってくれた母に感謝だし、亡き父も「行っていいよ」と言ってくれたんです。このコンサートがきっかけで私は音大に進むようになります。音楽の力って絶対あると思うんです。それを知るきっかけをくれた両親とV6には感謝です。大学卒業後は念願の音楽業界に携わることも出来ました。今は違う仕事をしてますが、音楽が好きという選択肢を持ってもらえるよう仕事をしています。

 

父もV6の曲を良く聞いてた

父が元気な頃、父はよく私にV6の曲を聴かされていました。笑 父はその中でOverという曲が好きだと言っていましたし、よく聞いていました。そのOverが発売された日が父の命日になりました。その日からずっとOverは私のたくさんある大好きな大切な曲の中でも1番にあげる大切な曲です。

 

現実逃避したかった

小学校の私にとってコンサートに頻繁に行けない分、アイドル誌は1か月の中のかけがえのない楽しみでした。父が亡くなってからは特にそうだった気がします。つらくてつらくて現実逃避をしたかったんだんです。アイドル誌をきっかけにそのころにデビューしたNEWSを好きになりました。

 

-DD(誰でも大好き)時代の幕開け-

2003年秋

悲しみの中、アイドル誌を見て小山くんを応援しようと何故か決意。

 

とりあえず、NEWSのセブンイレブン限定のグッズを買ったり、雑誌を買ったり。そのころ、オリキとヤラカシという存在を知りました。今、あのころの自分に一言言うなら「10年後くらいにオリキに足突っ込んでるよwあんたw」って言ってやりたいくらいです。無知とは怖いものです。メンバーに会えると完全に勘違いし、ヤラカシですら羨ましいと思っていました。とにかく何かに没頭出来ればよかったのです。現実逃避。でもV6も相変わらず好きでした。

 

家族で必ずV6のコンサートに行く

それから、前の記事でお話するようにたくさん家族で旅行し、V6のコンサートに行くようになりました。きっと最初は寂しさを紛らわすためだったんだと思います。でも今となってはコンサートがあるたびに必ず家族全員で参戦します。もはや家族行事のようなものです。良い意味でV6が私たち家族を繋いでくれると思っています。

 

そして高校生になり、ある韓国グループにハマるまではV6を中心にNEWSやKAT-TUN関ジャニ∞など当時の若手(You & Jってあったよね)に騒ぐ日々が続きました。Ya-Ya-yahも大好きでした。コンサートはV6とNEWS中心に参戦する感じでした。

 

少し寂しい話でごめんなさい。でもV6のOverにはとても思い入れがあるので、今回はじめて細かく書くことにしました。

 

次回は韓国グループにハマりすぎてしまう受験時代を更新したいと思います。

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