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◆家族が悪性リンパ腫になった話

 

 

こんにちは。Sakura (@__AprilRains) | Twitterです。色々悩んだんですが、4月からいままでに色々なことがあり、もし同じような状況になった人に何か伝えたいと思い、家族の闘病について書くことにしました。

 

はじめはAmebaに分けて書いていましたが、やはりいつも更新しているここが一番書きやすいなと思ったので書きます。

 

祖母について

祖母は超高齢の86歳です。我が家は癌家系のため、私は父を悪性リンパ腫という血液の癌で小学生の時に亡くしています。今回、祖母も同じ悪性リンパ腫になってしまいました。祖母と祖父に育てられたようなものなので、何か出来ないかと思っていた矢先に誤診などたくさんのことがありました。

 

本来、祖父や祖母ならばそれほど闘病に携わらなくても良い方も中にはいらっしゃいます。しかし、我が家の場合は家族が少なく、また高校までは母が働いている間に祖父母がよく家に来てくれました。介護をするのが私の母ひとりになってしまい、母の負担を減らしたいという思いもあり、私も病院に通っています。

 

4月くらいのこと

86歳の割に超元気な祖母は今年の3月末まで
元気に一人暮らしをしていました。元々祖母は一人が好きなのでたまに家族が様子を見に行っていました。


3月末。ちょうど大好きな野球が開幕した時。
ZOZOマリンに向かう途中で祖母から右腕を骨折したと電話が来ました。最初の方の状況はあまり私が理解しきれていないのですが、4月の1週目あたりから利き手の右手を骨折してしまったのでご飯が食べれなくなりました。


そして何故か、

  • 左足が痺れる
  • ものが二重に見える

この2つの症状を訴え、あっという間に弱ってしまいました。骨折した次の日からヘルパーさんには来てもらっていましたが、遠方の田舎に住んでおり、医師も不足している地域ため仙台の介護施設に一旦入居してもらい、骨をくっつけて白内障の手術をすることにしました。

 

4月上旬に仙台の施設に入るために迎えに行きました。久しぶりに会った祖母はやせ細り、全く歩けなくなっていました。この時はまだ癌になっているなんて分からず、目が見えないのは白内障のせいだと思っていました。


骨折を直し、白内障を直してリハビリをしてまた元気になるために家族の状況も踏まえ在宅ではなく、介護施設を選択しました。

 

5月のこと

介護施設に入り、一旦は祖母の様子は良くなりました。施設の方々に丁寧に接していただいたので、右手の骨折も治りました。自力で車椅子を使い、リハビリにも入りました。


また、健康診断も行なっていただき、レントゲン・血液検査ともに異常がありませんでした。なのでこの頃も全く癌だとは思っていませんでした。白内障は進んでいるので白内障の手術を受ける流れに。


仕事や球場に行く合間に介護施設に寄るようにしていました。一緒に祖母の好きなメロンを食べたり、ラジオを聞いたり、新元号の令和になるね〜なんて話もしていました。


でも、GWを過ぎたあたりから様子がおかしくなりました。だんだんと何故か呂律が回らなくなり始めました。メロンを食べた時はあんなに元気だったのに…。はじめはもしかしたらボケたのではないかと思い、施設の方も心配していました。ご飯も食べられなくなり、1週間も経たないうちにあっという間に話せなくなりました。

 

施設の方がすぐに病院にいく手配をしていただきました。そこからは次の記事に記載します。