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ジャニーズについて書いた卒論を公開してみる②

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さてさて今回は第2章を公開していきます。

 

ヤバイ反省記↓

 

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ジャニーズビジネスとジャニヲタの関係性

2013年11月 執筆。

原文のそのままの掲載です。(誤字脱字があったらポンコツだなと思ってください)
そしてあくまでもこの論文は「応援している人」というよりも「追っかけている人」を定義していますので、狭い意味の「ジャニヲタ」になります。さらにここに掲載されている【体験】の中にはグレーゾーンの行動も含まれています。

 

ちなみにこの【体験】はあまりにも参考文章が少ないために恩師であるゼミの教授が特例で体験を入れても良いとのことでした。本当にありがとうございました。。。そしてこの健人担とは全て私のことですので多分もうお嫁にはいけないと思います。笑

 

第二章 日本の男性アイドルの代名詞的存在ジャニーズとジャニヲタ

第一節:ジャニーズの歴史(長いから飛ばしてください。笑)

※今思えばこの章こんなに量いる!?って感じなので飛ばしてください。😂

 日本の男性アイドルを代表するジャニーズ事務所は今年で創立51年を迎える。ジャニーズ事務所の創立のきっかけは現社長のジャニー喜多川(本名:喜多川廣)が都内にて野球チームを作ったことであるとされている。ジャニー喜多川アメリカ合衆国の出身であり、在米時にアーニ―・パイル劇場      [i]でステージマネージャーのアルバイトをしていたと言われている。この劇場のアルバイト経験がジャニー喜多川の『Show Must Go On(ショーは続けなければならない)』という精神やジャニー喜多川独特のエンターテイメント性を確立したとされている。日本への帰国後、ジャニー喜多川は1950年代に野球チームを設立し、そのチーム同士の試合を『ジャニーズ・トーナメント』と名付けている。この野球チームの中から真家ひろみあおい輝彦飯野おさみ中谷良の4名を選抜し結成したグループが「ジャニーズ」である。この4人が「ジャニーズ」を結成する前にジャニー喜多川は映画『ウエスト・サイド・ストーリー』を鑑賞させたという話も残っており、ジャニー喜多川アメリカのエンターテイメントから大きな影響を受けたことが分かる。また小菅宏も著書の中で、ジャニー喜多川が「『僕はスポーツに熱中するときの少年の笑顔を見るのが大好き』」と証言したと述べている。      [ii]ジャニー喜多川は野球などのスポーツをしている姿から「ジャニーズ」のメンバーを選びだした。スポーツにおけるチーム制を大切にするという彼のアイドルグループにおけるメンバーの選定方法は50年経った今も健在である。「ジャニーズ」が結成から正式デビューするまでは渡辺プロダクションに業務を委託していたとされ、その後の「ジャニーズ」デビューと共に正式にジャニーズ事務所が誕生するのである。

「ジャニーズ」の後には江木俊男、おりも政夫、青山孝、北公次による「フォーリーブス」がデビューを果たしている。フォーリーブスは「ジャニーズ」のバックダンサーを務めており、バックダンサーの中から次世代のアイドルを生み出す方式はこのころから存在している。ジャニーズ事務所ではこのバックダンサーを「ジャニーズJr.(ジュニア)」と呼んでいる。ジャニーズJr.はデビュー候補生として先輩のバックダンサー(「バック」と呼ぶ)を務めることによってその将来性をジャニー喜多川に見極められているのである。フォーリーブスのデビューの後も郷ひろみやドラマ『三年B組金八先生』から大ヒットした「たのきんトリオ」と呼ばれる田原俊彦近藤真彦野村義男がデビューをした。田原俊彦近藤真彦はソロで華々しくデビューをし、また野村義男も「The Good-Bye」というジャニーズ事務所としては初のバンドグループでデビューを飾っている。郷ひろみ田原俊彦近藤真彦は『日本レコード大賞』などで数々の賞を受賞し名曲をこの世に送り出したとされている。その後も「シブがき隊」や、現在も活動を続ける錦織一清東山紀之植草克秀からなる3人組の「少年隊」などもデビューを果たす。少年隊もたのきんトリオの「バック」として活躍してからのデビューであった。デビュー曲『仮面舞踏会』は未だに年末の「ジャニーズカウントダウンコンサート」と呼ばれるジャニーズ事務所のタレントが勢ぞろいするコンサートで歌われている。そして、少年隊の後の「光GENJI」のデビューは社会現象を巻き起こした。光GENJI内海光司大沢樹生諸星和己佐藤アツヒロ山本淳一赤坂晃佐藤寛之7人で構成されている。彼らの前までにデビューしたグループの人数は多くて4~5人であり、ソロデビューも多かった。しかし光GENJIは当時最多の7人でデビューをし、ステージ上でローラースケートを履いて踊るという斬新なスタイルを打ち出したのである。当時の熱狂的な人気からテレビなどにも多数出演した。また未成年のメンバーが労働基準法に触れ、国会でも光GENJIの名前が出され審議されるということもあった。

 

【体験】当時を知る親類や私の「オタ友」でも先輩にあたる方の話によると、光GENJIは女子中高生に莫大な人気であり、クラスの女子の全員が光GENJIのファンであったと言っても過言ではないという証言が多数存在する。

 

また芸人かつジャニヲタである松本美香も著書『ジャニヲタ 女のケモノ道』の中で「光GENJIという存在自体が社会現象だったでしょ!?」と自身の体験から述べている。      [iii]

 

【体験】私自身も光GENJIの活動休止前最後のテレビ出演は良く覚えている。テレビ朝日系列の『ミュージックステーション』の番組内のライブが最後の出演であった。大ビットした「ガラスの十代」「STAR LIGHT」「パラダイス銀河」などを熱唱し、最後に卒業を意味する「Graduation」を歌い、トレードマークであったローラースケートをステージ上中央に並べるのである。収録に参加しているジャニヲタの号泣する姿や最後の斬新な演出がとても印象に残っている。このようにジャニヲタは自分で見たアイドル達の姿の記憶が非常に重要になっている。自分が見たアイドルの姿からジャニヲタの歴史を作り上げるのである。自分自身が生まれる前の歴史は先輩のファンから伝承してもらい、そしてその歴史を自分が見ている歴史と重ね合わせて次の世代へ受け継いでいくのである。

 

上記で述べたように光GENJIは伝説のアイドルグループとジャニヲタに間でもかたられていたが、95年に解散をしてしまう。光GENJIの後にデビューした「男闘呼組(おとこぐみ)」や「忍者」も世の中がアイドルブームからバンドブームに変わり、ヒットが出せずに次々と解散してしまっている。このころまでのグループ(「少年隊」を除く)は5年活動出来れば良い方であり、アイドルの活動寿命の短さが目立っていた。その中でアイドル寿命の記録を塗り替え続けているグループがデビューをする。1991年にデビューを飾った中居正広木村拓哉、草彅剛、稲垣吾郎香取慎吾の5人組グループ「SMAP」である。      [iv]SMAPは今ではジャニーズ事務所の大御所と言われることも多いが、当時は売上が伸び悩みとても苦労したとされている。SMAPのデビューイベントは「西武ゆうえんち」のイベントコーナーで行われた。ジャニーズ事務所の中でこの規模の会場でデビューイベントを行ったのはSMAPしかいない。CD発売後に開いた名古屋レインボーホール      [v]でのコンサートも客の姿はまばらだったという話もある。SMAPが売れるようになった理由は歌って踊る従来のアイドルとしての仕事だけではなく、ドラマやバラエティ番組にも出演し、個々人の個性を磨いたからだとされている。小菅宏も著書『アイドル帝国ジャニーズ50年の光芒』の中で「これが決定的な分岐点になったのは歴史的転換、あるいはジャニーズアイドルの新しい幕開けだったと筆者は確信する」と述べている。      [vi]SMAPの成功からジャニーズアイドルは多様化し、解散をするグループも1つも無くなった。SMAPより以前にデビューした少年隊も各自、舞台やミュージカル、テレビドラマで活躍している。

その後も城島茂山口達也松岡昌宏長瀬智也の「TOKIO」が1994年にデビューし、バンドグループとして活躍した。1995年にデビューした坂本昌行長野博、井ノ原快彦、森田剛三宅健岡田准一による「V6」はダンスグループとしての定評がある。その後も堂本光一堂本剛のデュオ「Kinki Kids」や、今となっては大人気グループの「嵐」がデビューを続けている。嵐は大野智櫻井翔相葉雅紀二宮和也松本潤の5人組グループである。現在はNHK放送の『紅白歌合戦』の司会や日本テレビ系列『24時間テレビ 愛は地球を救う』のメインパーソナリティを務めるなど、SMAPに続き国民的アイドルグループと呼ばれることもあるが、デビュー当時はCDの売れ行きが悪く、ジャニヲタの中から心配の声も上がっていた。さらに当時は「バック」を務めるジャニーズJr.に現在の「タッキー&翼」の滝沢秀明今井翼が在籍しており、「バック」のという立場のジャニーズJr.でもドラマへの出演等、活動の場を広げていた。「タッキー&翼」がデビューした後は嵐もSMAPのように個人が各分野での活躍し、国民的アイドルに成長していった。特に慶応義塾大学出身の櫻井翔日本テレビ系列の『NEWS ZERO』のキャスターを務めるなどアイドルの新たな可能性を作り出した。SMAPの存在により解散することのなかったジャニーズ事務所のアイドルグル―プ達だが、2000年代結成のグループからは脱退者が見受けられるようになった。  

2003年にデビューした「NEWS」は現在のメンバーは小山慶一郎加藤シゲアキ      [vii]、増田貴久、手越祐也の4名であるが、デビュー当時は9人グループであった。テレビ局アナウンサーとの飲酒事件など含む不祥事で草野博紀、森内貴寛内博貴の3名が脱退した。(うち内博貴のみ謹慎処分後、ジャニーズJr.の下に位置する研修生として復活し、現在はソロ活動を行っている。)3名も不祥事でメンバーが脱退したことを受け、2006年に活動休止をした後の2007年に旧メンバーの山下智久錦戸亮を含む6人で活動を再開した。しかし、2011年に突然の山下智久のソロ活動、錦戸亮のNEWSからの脱退が報告された。錦戸は「関ジャニ∞(エイト)」のメンバーを兼務していたので関ジャニ∞の活動に専念した。関ジャニ∞は2004年にデビューし、当時は旧NEWSの内博貴錦戸亮が兼務という形で活動を行っていた。内博貴が不祥事でNEWSと関ジャニ∞を脱退してからは、渋谷すばる村上信五横山裕丸山隆平、安田章太、大倉忠義錦戸亮の7名で活動を続けている。彼らは関西の独特の雰囲気を売りにして人気が上がり、その勢いは嵐と肩を並べるくらいである。  

その後2006年にデビューした亀梨和也赤西仁田中聖田口淳之介上田竜也、中丸雄一の「KAT-TUN」も赤西仁が海外留学等の理由から活動休止後、脱退をした。最近では田中聖が事務所から解雇されている。KAT-TUNの後にデビューした「Hey!Say!JUMP」は山田涼介、中島裕翔、知念侑李、岡本圭人男闘呼組のメンバーの岡本健一の息子)、森本龍太郎、薮宏太、八乙女光高木雄也、伊野尾慧、有岡大貴の10人からなる大規模グループであった。しかし、最年少の森本龍太郎が2011年に不祥事により現在も活動休止となっている。2000年代にデビューしたグループはどのグループもオリコンヒットチャートで1位を取る実力はあるものの、脱退者が多数いるイメージが強く、嵐以前のグループのようにグループ色もまだはっきりしていない。これからどのような色を出していくか非常に大切になってくるだろう。

2010年代になってデビューしたグループは「Kis-My-Ft2」「Sexy Zone」「A.B.C-Z」の3グループである。「Kis-My-Ft2」と「A.B.C-Z」はジャニーズJr.内のユニットがそのままデビューするという形になった。      [viii]Jr.時代からのファンがいる強みからバラエティでの活躍もめまぐるしく、特にKis-My-Ft2の露出度は高い。一方「Sexy Zone」は10代のメンバーが多くフレッシュさを売りにしていると言える。先日NHK放送の『紅白歌合戦』への出場が決まり、これからの活躍に期待が出来る。しかし、少年隊からSexy Zoneまで、現在ジャニーズ事務所で活躍するグループは約14にものぼり、事務所内だけでも売上やグループとしての争いが繰り広げられるようになってきた。新人のこの3グループも先輩達と肩を並べて売り出しで行く必要があり、更なる個性の表現やグループイメージの確立が課題となってくるだろう。

そしてジャニー喜多川は2020年の東京オリンピックに向け「2020(トゥエンティトゥエンティ)」の結成を昨年の秋に発表した。現在のジャニーズJr.から20名デビューが決まり、未来のスターが生まれるのである。こうしてジャニーズ事務所の歴史は作り続けられるのである。

 

      [i]米国のアーニーパイル劇場である。

      [ii]「アイドル帝国ジャニーズ50年の光芒」著:小菅宏 宝島社 2012年6月 P.19

      [iii]「ジャニヲタ 女のケモノ道」著:松本美香 双葉社 2012年5月P.250

      [iv]デビュー時は森且行を含む6人組グループであった。森は1996年に脱退をしている。

      [v]現在は日本ガイシホールに名称を変更している。

      [vi]アイドル帝国ジャニーズ50年の光芒」著:小菅宏 宝島社 2012年6月 P.172

      [vii]2011年に本名の加藤成亮から加藤シゲアキに改名した。

      [viii]2006年デビューのKAT-TUNもジャニーズJr.内のユニットからのデビューである。

 

第二節:ジャニヲタと呼ばれる女性たちの特徴

 二章一節で挙げたグループには全てジャニヲタと呼ばれるファンがついている。ジャニヲタは彼らを応援することに生きがいを感じ、彼らに投資をすることで彼らを育てているという感覚でいるのである。どこまでが「ファン」でどこからがジャニヲタなのかは個々人によって価値観が異なるために正確に定義されることがないが、だいたいのジャニヲタ達はジャニヲタとは「同じツアー(セットリストが同じ公演)に3回以上足を運び、自分が応援しているグループの今後の成長を考えるような人」をジャニヲタと認識している。

 

【体験】私や私の周りの「オタ友」は同じツアーに何回も愛を運ぶことがほとんどである。よく同じセットリストの公演なのだから1回見れば十分じゃないかと言われることがある。しかしそれはジャニヲタの私達の言い分からすれば間違っているのである。同じセットリストでも会場が違えば間のMCのトークも異なり、地方によってはセットリストに若干変更が生じる場合もある。更にその時の好きなメンバーの表情は一生に一度である。だから何回同じコンサートに参戦してもそれは常に新しいコンサートであり、魅力がいっぱいなのである。さらにジャニヲタはコンサート終了後にメンバー達の居ない「反省会」をひらくのである。「反省会」とはコンサートの内容やグループの今後についてダメ出しをしつつ語り合うのである。まさにジャニヲタ自身がタレントを育てている感覚なのである。

 

ジャニヲタと呼ばれる女性達には大きな特徴がある。それはただ楽しく対象となるタレントを応援しているのではなくルールと主義・主張など自分の考えを持ってタレントを応援しているのである。ジャニヲタのルールの中で最も重要なのが「担当制度」である。この制度に基づいて様々なルールが作り上げられ、ルールに基づいてジャニヲタ個々人の価値観や主張が生まれてくる。ジャニヲタはジャニーズのタレントの中でも特に応援したいタレントを1人に絞り応援することが基本的なルールである。この応援しているタレントのことをジャニヲタ達は担当と呼ぶ。担当は1人のジャニヲタに対して1人というのがルールであり、担当はジャニヲタ自身の看板であり、誰の担当かによってその人自身のイメージや振る舞い方が異なってくるのである。またジャニヲタは自分自身の「担当」のことを「○○担」述べる。例えばSexy Zone中島健人を応援している人は「健人担の○○です。」とジャニヲタ同士で挨拶をする。「担当」がジャニヲタにとっては名刺代わりなのである。担当制度やジャニヲタのルールについて分析を行う前にジャニヲタがどのような概念で行動しているのかについて記述しておきたい。ジャニヲタが大事にしている概念は「会うこと」である。コンサートを見に行くのではなく、コンサートは彼らに会う機会なのである。

 

【体験】先ほどの同じツアーに何度も足を運ぶ理由に何回でも「担当」に「会いたい」という気持ちも大きく関わっている。何度でも「会って」同じ空間にいたいだけである。ジャニーズのコンサートには「担当」がファンに向かって手を振る「お手振り」や投げKISS(「投げチュー」)をしてくれる「ファンサービス」がある。この「ファンサービス」略して「ファンサ」をもらうためにコンサートへ何度も足を運ぶジャニヲタもいる。「ファンサ」のために足を運ぶジャニヲタは「ファンサ」によって自分の「担当」に「あなたを応援している○○担の私」という存在を認識してもらいたいのである。ジャニヲタにとってコンサートは、好きな「担当」に会うための場所、好きな担当から「ファンサ」をもらえる場所であり、コンサートに足を運ぶことを「参戦」という。コンサートはジャニヲタにとっては闘いなのである。「担当」に「担当を応援している私」を見てもらえる究極のチャンスなのである。したがって、コンサート会場に行くことも「入る」と表現する。これは会場内に入るというニュアンスも含まれるが「担当と」同じ空間に「入る」ことを意味することもある。「担当」がいる空間=コンサートはジャニヲタにとっては夢の世界なのである。

 

ジャニヲタは「担当」に会うためならどんな努力も惜しまない。1回でも多く「担当」に会いたいと考えているのである。そして少しでも綺麗な姿で「担当」に会いたいという2つの気持ちが働き、社会人は必死に働き、学生は必死にアルバイトをしている。そしてコンサートのチケット代やグッズ代や交通費だけではなく、洋服や髪型にもこだわるジャニヲタがいるのである。

 

【体験】Hey!Say!JUMPやSexy Zoneの若いグループのファンは特にファッションが派手でジャニヲタということが顕著に分かる。コンサート当日の会場付近の美容室はジャニヲタの予約でいっぱいある。そこでは中学生~大学生が成人式のようにな「巻き髪」というヘアスタイルにセットをしてもらう。私自身も名古屋公演など地方公演に「参戦」する際も夜行バスで早朝に名古屋に到着したあとに予約した美容院に向かい、髪をセットしてもらってから会場へ向かっていた。ここまでしても「特別な日」を演出するのである。さらに「参戦服」というコンサートに「参戦」するための服が存在し、「巻き髪」に「参戦服」というスタイルが若いジャニヲタの基本である。「参戦服」で人気が高いのは「INGNI」や「LIZ LISA」「dazzling」と言った109系のブランドである。このような中高生~大学生の傾向に大人のジャニヲタが「巻き髪」は視界を遮るから邪魔であるといった苦情を提言することもある。しかし大人のジャニヲタも大人のジャニヲタ  でそれぞれ納得のいくファッションスタイルで参戦しているようである。

また賛否両論あるが、若い子の中には「特攻服」や「つなぎ」と呼ばれる服に「健人一生不変愛」など「担当」の名前と「担当」への愛のメッセージを入れてくる人もいれば、メンバーがツアーで着ている衣装を意識したコスプレで参戦する人もいる。

さらに「イッピ袋」と呼ばれるものも存在している。茶色い無地の紙袋にジャニヲタ自身が自分の「担当」が載っている雑誌の切り抜きを隙間なく貼りつめるという、手製の「担当」アピールカバンである。それにコンサートで使う応援グッズなどを入れて持ち歩いている。小学生くらいのジャニヲタにとても人気で、公共交通機関等で「私はこの人を応援しているの」という自己顕示からこの袋を持ち歩くことが多い。

 

ジャニヲタの概念の「会いたい」に続き大切なのが先ほど述べた「わたしは健人担なの」といった自己肯定感なのである。ジャニーズを応援している自分のことを「担当制度」によって「担当」を名乗り、認めることによってジャニヲタとしての自信が湧いてくるのである。

また、このような「参戦服」などのスタイルは全て伝聞で広まり、ジャニヲタとしての歴史が作られているのである。自分の目で見てきたものを他の「オタ友」に伝え、その「オタ友」から他の「オタ友」に伝わっていく。よって「ジャニヲタ」は常に現場至上主義である。「現場」とはジャニーズのタレントに会う機会の全てのことを指し、コンサート以外にも握手会、イベント、更には非公式の「出待ち」行為も含めて「担当」に会う機会を「現場」と表現している。第二章一節でも述べたように出来るだけジャニヲタにとっては自分の目で「担当」に会える「現場」に立ち会い、ジャニヲタの作り出す文化をリアルタイムで見ていくことも重要なのである。

第三節:担当制度の分類から考察するジャニヲタの特徴

この様にジャニヲタは全て同じルールによって同じ考え方で行動しているように考えられているが、「担当」という言葉の中に少しずつ違う解釈が存在している。この節では同じ男性アイドルを応援しているという視点から韓国のアイドルを応援するK-POPペンとの比較も行い「担当制度」からジャニヲタをタイプ別に分類して検証を行いたい。

「担当制度」には5つのパターンが存在する。

①生涯一途型と言われる担降りを全くしない例

②掛け持ち型と言われる担当を複数持ってしまう従来のルールとは異なる例

③DD      [i]型と言われる担当のほかに好きなタレントが沢山いる例

④歴代型と言われる基本的には一人のタレントを応援するが、時が経つにつれ応援する担当が変わる例

⑤事務担と呼ばれる担当は持たずジャニーズ事務全体を応援する例である。

この5つの担当制度について体験を交えて行動別に分類をしたい。

 

 

 

【体験】

  •  1つ目の担降りを全くしない例に実在する知り合いがいる。社会人になりたてのころの1996年のV6のセカンドシングル「MADE IN JAPAN」をきっかけにV6の森田剛の「担当」になり現在まで17年間ずっと森田担を続けている。この例はある程度大人になり価値観が定着した大人のジャニヲタに多くみられる例である。
  •  2つ目の掛け持ち型は本来のジャニーズのルールを破った形になる。これは担当の他に気になる存在が出来てしまった場合に陥る場合が多い。私自身もNEWSの小山慶一郎の「担当」であった時期にHey!Say!JUMPの八乙女光を応援していたこともある。このように「担当が」2人以上いる場合、小山担と八乙女担の「掛け持ち」と表現する。「担当」が2人いることはジャニーズ事務所のタレント数が少なかった過去には少なかったことなのでタブー視されがちで毛嫌いする人もいるが、数多くのタレントやグループが存在する今は普通になっている。
  •  この例は未だにジャニヲタの中でも賛否両論がある。一つのグループに「担当」や「副担」と呼ばれる担当の次に好きなタレントが存在し、「LIKE」と呼ばれる「担当」や「副担」よりは応援していないが気になるタレントが存在している場合がある。この例は①の一途に応援しているタイプから嫌われる傾向があり、時にジャニヲタ同士の衝突を生むこともある。
  •  この例は私自身が当てはまる。学生時代にジャニーズにハマってしまうタイプのジャニヲタは成長における価値観の変化に合わせて「担当」が変わっていくことが多い。担当が変わる際に担降りという儀式を行う。この「担降り」については次に述べたい。歴代に応援してきた「担当」を「歴代」と呼んでいる。例えば、V6の森田剛、NEWSの小山慶一郎、Hey!Say!JUMPの八乙女光を順に担当として応援し、現在Sexy Zone中島健人を応援している場合、歴代を森田剛小山慶一郎八乙女光と表現し「担当」は中島健人担と表現している。この「歴代」の中でも特にお気に入りのタレントを「殿堂入り」と呼んで敬意を表すことが多い。この「歴代」とはジャニヲタの歴史と言える。
  •  事務所担とは個別に担当を置かずジャニーズ全体を応援している人を指す。コンサートや舞台も特定のグループではなく、好きな公演・舞台に参戦する人が多く、ジャニー喜多川のプロデュースのファンといえる存在であり、事務所内のグループやタレント数が増えている現在、この事務所担が増えているのが現状である。

 

先ほど述べたジャニヲタが「担当」と呼んでいる好きなタレントが変わることを「担降り」と言う。この担降りをする際にジャニヲタは盛大な儀式を行っている。この「担降り」は同じ「ペン制度」(担当と同制度)を持つK-POPペンにはない儀式である。何故ジャニヲタに「担降り」が存在するかというと、ジャニヲタは一人の「担当」を一途に応援することを基本としているからである。これは「オリキ」と呼ばれる存在が大きく影響している。「オリキ」とは「追っかけ」に力(リキ)を入れている人の略語である。好きな気持ちが強すぎてコンサートに「参戦」するだけではなく劇場や会場の出入りをするタレントを待つ「出待ち」行為をするファンのことである。この「オリキ」活動において「担当」は一人と決まっている。このルールは光GENJIが活躍しているころからあるようで、「現場」の中で伝わり、「オリキ」以外の一般の「ジャニヲタ」にも広まったのである。「オリキ」以外の一般の「ジャニヲタ」のことを「イッピ」(一般ピープルの略語)と呼ぶこともある。この「オリキ」制度の影響で長い間、ジャニヲタは「担当」は一人とされていたので「掛け持ち」型はタブー視されることもある。しかし、K-POPペンにはこのような「オリキ」のルールがないため、基本的には「掛け持ち」をして応援しており、このジャニーズにあたる「掛け持ち」という言葉も存在しない。

 

【体験】K-POPペンの「ペン」には「ファン」という意味があることは既に述べているが、「ペン」にも「担当」と同じような使い方をする傾向がある。例えば東方神起チャンミンを応援している人は「チャンミンペン」と表現する。これは「ジャニヲタ」でいう「健人担」と同じ使い方である。だが、個人名+ペンという使い方よりもK-POPペンは、例えば東方神起のファンである場合、東方神起の韓国語読み「동방신기(トンバンシンキ)」の頭のトンの字を取り「トンペン」と名乗るなどグループ名+ペンで名乗ることが多い。ジャニヲタもSexy Zoneの「担当」していることを「セクゾ担」と表すことがある。しかし、ジャニヲタは自己紹介するときに滅多にグループ名に「担当」を付けていうことはない。総合エンターテイメントをより意識したK-POPペンの中では個人のペンよりもグループ全体のペンが多く、「わたしはトンペンです」と言うように名乗ることが多いのである。

 

K-POPペンがグループ主義なのに対し、ジャニヲタはタレント個人主義なのである。だからこそ「担降り」という儀式が存在している。「担降り」をするということは自分自身の身分が変わるのと等しいので親しい知人に伝え、タレント本人にファンを辞める旨を伝える手紙を書いたりなどするのである。

vこのタレント個人主義から生まれた言葉は「近くのメンバーより遠くの自担」という言葉である。「自担」とは自分が応援している「担当」の略語であり、コンサートでどんなに近くに他のメンバーが居ても遠くの「自担」を双眼鏡で見つめるジャニヲタが沢山いるのである。もちろん近くの他のメンバーを応援するジャニヲタもいるがこの場合は先ほど挙げた③と⑤の「ジャニヲタ」がとても多い。

さらにタレント個人主義は「同担拒否」という考えも生む。「同担」とは同じタレントを応援しているファン同士を指し、それを拒否することである。

 

 

【体験】例えば、Sexy Zone中島健人担当が「同担拒否」という状態になると言同じ中島担と人とは仲良くしたくないということを指す。何故このような心理になるかは様々な考え方が一番あるが、一番多いのが「担当」のことを一人の男性としてリアルに恋してしまったからである。これを「リア恋」というのである。本気で好きだから「同じ健人くんを好きな人と話したくない!健人くんが他の人にファンサをしているのを見たくない!」という嫉妬心や独占欲が発生してしまうのである。この「同担」同士が「担当」を巡って争いを起こしてしまうことがある。

 

ジャニヲタにとってタレントを応援することは「生きがい」なのでこのような気持ちを背負ってしまうことは少なくないという。ジャニヲタが応援するタレントは必ず異性であって、異性がある故に闘争心や独占欲が常に付きまとってしまう。異性だからこそ疑似恋愛という状態に陥るのである。アイドル個人主義は時にファン同士の争いを引き起こすこともある。

 

      [i]DDとは誰でも大好きの頭文字を取っており、女性アイドルを応援するファンの用語をジャニヲタも使用している。

 

 

 

ジャニヲタは「担当」に会うためならどんな努力も惜しまない。1回でも多く「担当」に会いたいと考えているのである。

 

 

熱いねえ〜〜〜〜!!!青春だね〜〜〜!!!次回の記事ですが、一部を申し訳ないんですが、有料化させていただきます。さすがに無料でワールドワイドにという内容を超えているので・・・反省記にあるnoteよりももう少し明確に書いてあります。